名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)5036号 判決 1999年7月19日
原告
上山建司
ほか二名
被告
小島末勝
主文
一 被告は、原告上山建司に対し、金九一八六万〇六一〇円及びこれに対する平成五年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告上山洋公に対し、金八〇万円及びこれに対する平成五年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告上山光子こと金光子に対し、金一六〇万円及びこれに対する平成五年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
六 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告上山建司(以下「原告建司」という。)に対し、金二億四二四九万九二八九円及びこれに対する平成五年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告上山洋公(以下「原告洋公」という。)に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成五年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告上山光子こと金光子(以下「原告光子」という。)に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成五年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告建司が運転する原動機付自転車(以下「原告車」という。)と被告が運転する軽四貨物自動車(以下「被告車」という。)とが衝突し、原告建司が傷害を負った事故(以下「本件事故」という。)について、原告建司並びにその両親である原告洋公及び原告光子が、被告に対し、自賠法三条に基づき、右傷害による人的損害の賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実等(証拠を示した部分以外は、争いがない。)
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成五年九月一六日午後一〇時二〇分ころ
(二) 場所 名古屋市西区西原町一四四番地先道路(以下「本件道路」という。)上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 原告車 原動機付自転車(春日町あ四〇七)
右運転者 原告建司
(四) 被告車 軽四貨物自動車(岐阜四〇ほ二八五三)
右運転者 被告
(五) 態様 原告車と被告車が本件道路を西進中、左に転把した被告車の左側部と被告車の左方を直進していた原告車の右前部とが衝突した。
2 責任原因
被告は、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していた。
3 原告建司の受傷、入院期間及び後遺障害
(一) 受傷
原告建司は、本件事故により、外傷性頸髄損傷等の傷害を受けた(甲三、乙二ないし七)。
(二) 入院期間
原告建司は、平成五年九月一七日から同年一一月一〇日まで小牧市民病院に、同月一一日から平成六年二月二日まで名古屋第二赤十字病院に、同日から同年一二月九日まで中部労災病院に入院した(乙四ないし七)。原告建司の症状固定時(平成六年九月三〇日)までの入院期間は合計三八〇日である。
(三) 後遺障害
原告建司の傷害は、中部労災病院入院中の平成六年九月三〇日に症状固定とされたが、第五頸髄筋以下完全運動知覚麻痺、神経因性膀胱、直腸肛門麻痺等が後遺障害として残り、胸部より下が完全に麻痺した状態になった(甲三)。
原告建司は右後遺障害について自動車保険料率算定会から自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当するとの事前認定を受けた。
4 原告建司に対する既払金
原告建司は、本件事故による損害につき、自賠責保険及び任意保険から合計三五二二万七三四六円(内訳 自賠責保険三一二〇万円、任意保険四〇二万七三四六円)の支払を受けた(乙一七)。
二 争点
1 本件事故の態様、過失相殺
(一) 原告らの主張
本件事故は、原告車の右後方(第二車線)を走行していた被告車が、原告車の右側を通過して原告車を追い抜いた後、原告車の右側から原告車に対し覆い被さる形で車道外側線の外側(第一車線)に進路を変更し、原告車の進路を塞いだために生じたものである。被告は後方確認をしておらず、また被告車の進路変更の合図は遅れており、合図なしと同等に評価すべきである。
被告本人は被告本人尋問に正当な理由なく出頭しなかったのであるから、民訴法二〇八条に基づき、本件事故態様は原告らの主張のとおり認定されなければならない。
(二) 被告の主張
本件事故当時、被告車は原告車の前方を進行していたのであり、原告車を追い抜いてはいない。被告車は本件事故現場の約二〇・五メートル手前の地点において左折の進路変更の合図を出しており、本件事故現場付近は明るく見通しも良かったのであるから、原告建司は右合図を確認してから前方を走行中の被告車の動向に注意すべき義務があるのにこれを怠った。また、原告車は本件事故当時制限速度を超える速度で走行し、被告車が減速していたにもかかわらずその車間距離を十分保持することなく、被告車の左側を走行して被告車を追い越そうとした。原告建司には前方不注視、制限速度違反、車間距離保持義務違反及び側方追越等の過失があるから、少なくとも三割の過失相殺がされるべきである。
2 原告らの各損害額
(一) 原告らの主張
(1) 原告建司の損害
ア 治療費 四一万六八七六円
イ 入院雑費 六六万六七九二円(一日一四〇〇円、三八〇日分。原告建司利用タクシー代五万円、入浴時使用ラパック代等三万〇一六五円、おむつ・トレーニングパンツ代等五万四五六四円)
ウ 入院付添費 六〇八万円(一日一万六〇〇〇円、三八〇日分)
エ 休業損害 一二五万円(一月一〇万円、一二・五か月分)
オ 入院慰謝料 四〇〇万円
カ 後遺障害逸失利益 七八〇八万七二五一円(平成四年度賃金センサス男子産業計、企業規模計、旧大・新大卒二〇歳ないし二四歳平均年収三一九万八二〇〇円、六七歳までの四九年分、労働能力喪失率一〇〇パーセント。中間利息の控除につき四九年の新ホフマン係数二四・四一六を用いる。)
キ 後遺障害付添介護費 九七五七万八〇〇〇円(一月三〇万円、七七歳までの五九年分。中間利息の控除につき五九年の新ホフマン係数二七・一〇五を用いる。)
ク 家屋改造費 三五九四万九八七三円
ケ 介護器具等費用 二二六三万六九一〇円(環境制御装置八一五万四五一〇円<一台一三五万九〇八五円を一〇年に一度の割合で六回購入>、リフター九五万七九〇〇円<一台三一万九三〇〇円を二〇年に一度の割合で三回購入>、リクライニング車椅子二二〇万五五〇〇円<一台二〇万〇五〇〇円を五年に一度の割合で一一回購入>、自動車用リフト一一三一万九〇〇〇円<一台一〇二万九〇〇〇円を五年に一度の割合で一一回購入>)
コ 後遺障害慰謝料 二七〇〇万円
サ 弁護士費用 七〇〇万円
合計 二億八〇六六万五七〇二円
(2) 原告洋公の損害 慰謝料七五〇万円
(3) 原告光子の損害 慰謝料七五〇万円
(二) 被告の主張
(1) 原告建司の損害
ア 治療費 三二二万二七三八円(既払治療費三〇六万〇五〇六円、床ずれ防止用マット代八万〇七五二円、右肘装具代八万一四八〇円)
中部労災病院の症状固定日前の治療費の内四〇八一円、症状固定日後の治療費三六万五五〇五円及び文書料二万二六六〇円については本件事故との間に相当因果関係にある支出と認められない。
イ 入院雑費 五九万〇七二九円(入院諸雑費四五万六〇〇〇円<一日一二〇〇円、三八〇日分>、原告建司利用タクシー代五万円、入浴時使用ラパック代等三万〇一六五円、おむつ・トレーニングパンツ代等五万四五六四円)
ウ 入院付添費 七六万円(一日二〇〇〇円、三八〇日分)
エ 休業損害 零円
原告建司の就労状況によるとその継続は困難であった。
オ 入院慰謝料 二五〇万円
カ 後遺障害逸失利益 具体的金額は争う。
賃金センサスは男子産業計、企業規模計、旧中・新高卒によるべきである。また、原告建司は後遺障害により外出等の活動可能性は著しく低下しており、通常の場合に必要とされる将来の生活費の支出を免れるから少なくとも二割の生活費控除をすべきである。
キ 後遺障害付添介護費 四九四六万六六二五円(一日五〇〇〇円、七七歳までの五九年分)
ク 家屋改造費 四五六万七五〇〇円又は六七三万〇五〇〇円
ケ 介護器具等費用 零円
環境制御装置、リフター、リクライニング車椅子、自動車用リフトについては有用性に疑問がある。仮に有用性が認められる場合には後遺障害付添介護費は減額すべきである。
コ 後遺障害慰謝料 二五〇〇万円(原告洋公及び原告光子の慰謝料を含む。)
サ 弁護士費用 争う。
(2) 原告洋公の損害 原告建司の後遺障害慰謝料に含まれる。
(3) 原告光子の損害 同右
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故の態様、過失相殺)について
1 前記第二の一1、2の事実並びに証拠(甲二、二二、乙一の1ないし5、八、一二、一四、一五、証人錨宏、原告建司本人。ただし、甲二二、証人錨宏及び原告建司本人の供述については後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件道路の概要は別紙図面のとおりであり、ほぼ東西に通じ、片側一車線の中央線を有する道路で、その両側端には歩道が設置されている。本件道路の車道の幅は片側五メートル、歩道の幅は三メートルである。また、車道の歩道側には車道外側線が設けられている。
本件道路の制限速度は毎時四〇キロメートルである(ただし、原告車(原動機付自転車)の最高速度は、法定の毎時三〇キロメートルである(道交法二二条一項、同法施行令一一条)。)。
本件事故現場付近の本件道路北側にはパチンコ店「平田会館」の駐車場があり、夜間は右駐車場の照明機が付近を照らしており、見通しは良い。
本件事故現場の西方約八〇メートルの地点には浮野町交差点があり、信号機が設置されている。
(二) 被告は本件事故当日、当時居住していた名古屋市西区中小田井の自宅に帰宅するため、被告車を運転して本件道路の西進車線を毎時約三〇キロメートルの速度で進行し、本件事故現場付近に差し掛かった。
被告は、本件事故現場から約二七メートル手前の地点において本件道路の西進車線の歩道寄りに路上駐車していた車両をその右側から追い抜いた。
(三) 原告建司は、本件事故現場から約一〇〇メートル東に位置する本件道路の西進車線に面した喫茶店「ドン・キホーテ」でのアルバイトを当日午後一〇時に終え、自宅に帰るため原告車を運転して本件道路の西進車線に入り、被告車の後方を進行していた。
一方、原告建司は、西進車線に入った後、本件事故現場の前方にある浮野町交差点の対面信号が赤色表示であることに気付いたが、右交差点までかなりの距離があったことから、西進車線の歩道よりの部分を時速約三〇キロメートルの速度から加速しながら進行し、本件事故の直前には右車線の外側線外側部分を被告車の左後方に付いて原動機付自転車の法定の最高速度を超える時速約四〇キロメートルで走行していた。
(四) 被告は本件事故現場に差し掛かる前に西進車線沿いのラーメン店「一龍亭」に食事をするため立ち寄ろうと考えていた。そして、被告は前記のとおり駐車車両を追い抜いた後、西進車線の南側に位置する同店の駐車場に進入しようとして、本件事故現場から約一九・五メートル手前の別紙図面<1>の地点(被告が左折進入しようとした歩道の誘導路部分の手前約一五メートルの地点。なお、被告は本件事故現場の約二〇・五メートル手前の地点であると主張する。右距離は同図面<4>と同図面<×>の間の距離約一メートルを含めたものと考えられるが、同図面<4>は本件事故当時の被告車の位置、同図面<×>は本件事故当時の原告車の位置であるから、被告車の移動距離については同図面<1>から同図面<4>の距離のみをとれば足りる。)において方向指示器を点灯させ左折の合図をした後、同図面<2>の地点で減速しながらハンドルをやや左に切り、同図面<3>の地点でハンドルを更に左に切り時速約一五キロメートルまで速度を落とした。被告は左に転把する際、左後方をルームミラーで確認したのみで、側方及び後方を十分確認することはなく、被告車の左後方を走行中の原告車に気付かなかった。
一方、被告車の左後方を運転していた原告建司は、被告車の左側横の方向指示器が点灯するのを見てブレーキをかけたが間に合わず、同図面<×>の地点で被告車の左側部と原告車の前部とが衝突した。
(五) 被告は原告車と衝突した直後に急停車の措置を講じ、被告車は同図面<5>の地点で停止した。原告車は被告車との衝突後ふらつきながら前方へ進行したが、同図面<ア>の地点において左側に転倒し、原告建司もバイクから道路上に落ちて同図面<イ>の地点まで転がった。
両車の衝突により、原告車は前部カウルが破損し、被告車は原告車との衝突時に左側面に損傷を受けた。また、原告車は転倒時に路面に接触し、燃料タンク左側に損傷を受けた。
以上の事実が認められる。
これに対し、原告らは、原告車が被告車の後方を走行していたことはなく、被告車が低速で走行していた原告車を追い抜いて覆い被さる形で原告車の進路を塞いだために本件事故が発生した旨主張し、甲第二二号証、証人錨宏及び原告建司本人の供述中には右主張に沿う部分がある。
しかし、証人錨宏は本件事故の状況について原告建司及び被告から聞き取りをした際に図面を作成しておらず、同人の認識する両車の位置関係については想像に基づく部分が大きいほか、両車の速度についても聞き取りをしておらず、同人の供述の正確性、精密性には疑問がある。また、証人錨宏の証言によると、同人が本件事故後被告に対し本件事故の態様について聴取した時点において、被告は本件事故現場手前において駐車車両を追い抜く際に前方の信号が赤色表示であったことを確認した旨供述していたことが認められる。そうであるならば、被告が左に転把するに当たり食事のために入ろうとしていた中華料理店に気をとられていたとしても、その前に駐車車両の側方を通過した時点においては被告が進路前方に注意を払っていたことが推認される。そして、右のとおり進路前方に注意を払っていた被告の視界に原告車が入っていないことからすると、原告車が被告車の前方を走行していたという主張は不自然であるというほかない。更に乙第一号証の4によれば、原告建司は比較的記憶の鮮明な本件事故から約半月後に警察の取調べを受けたこと、その際、本件事故の直前には原告車は当時被告車の左後方に付いて加速途中であり、被告車の左のウインカーが点灯するのを目撃したことを供述したことが認められる。これに対し、原告建司は当審における本人尋問の際には本件事故直前まで前方に被告車その他の車両が存在しなかったと供述を変更している。しかし右のような供述の変遷について十分な説明はない。
そして、前記認定のとおり、被告は本件事故現場付近の中華料理店に入ろうとして減速したのに対し、原告建司は本件事故現場から約八〇メートル前方の浮野町交差点まで進行しようとして加速をしたことが認められるほか、乙第八号証によれば両車の衝突時、原告車は少なくとも時速約三七キロメートル以上の速度、被告車は時速約一五キロメートルの速度で走行していたことが認められ、右各事実に照らすと本件事故当時原告車は被告車よりも高速度で、被告車の左後方に付いて走行していたものというべきである。したがって、甲二二号証、証人錨宏及び原告建司の前記供述部分を採用することはできず、他に前記認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
なお、原告らは被告本人は被告本人尋問に正当な理由なく出頭しなかったのであるから、民訴法二〇八条に基づき、本件事故態様は原告らの主張のとおり認定されなければならないとも主張する。しかし前掲証拠によれば前記の各事実につき明らかにこれを認めることができるのであり、右不出頭の一事をもって右認定を覆すのは相当とはいえない(なお、同条の適用には裁判所があらかじめ当事者尋問の決定をし、本人が適式の呼出を受けたことを必要とするのであって、本訴においては被告本人に呼出状の送達がされていないのであるから原告らの右主張はその前提を欠き失当である。)。
2 右認定の事実によれば、被告は西進車線から左折して本件道路の外側に出ようとしていたのであるから、左折しようとする地点から三〇メートル手前の地点で左折の合図をした上、左に転把するに当たっては側方及び後方の安全を十分注意すべき義務があった(道交法五三条一項、二項、同法施行令二一条参照)にもかかわらず、左折の合図をするのが遅れた上、側方を通行する原告車に対する注意を疎かにして走行したため原告車の発見が遅れ、同車との衝突を回避することができず、本件事故を惹起させたものというべきである。
他方、原告建司についても、被告車の後方を走行しており、当時被告車は本件道路の制限速度を約一〇キロメートル毎時下回る速度で走行していたのであるから、前方の被告車の左側を通過しようとする際にはその動静に十分注意してできる限り安全な速度と方法で進行しなければならない義務があったというべきである。しかるに原告建司はこれを怠り、あえて原動機付自転車の法定の最高速度を超える速度にまで加速して被告車の左側を進行しようとしたため、被告の左折の意図に気付くのが遅れて制動が間に合わず、本件事故が発生するに至ったものである。ところで、前記認定の事実によれば、本件事故現場直前には駐車車両があったのであり、したがって原告車は右車両を追い抜く際には西進車線の外側線内側の車道部分を走行していたことが推認される。しかるに、本件事故時には原告車は右外側線の外側を走行していたことが認められるのであるから、原告建司は被告車を単に追い抜こうとしていたのではなく、追い越そうとしていたものと認めるべきである。
そして、右認定の双方の過失の態様に照らせば、本件事故発生について原告建司の過失割合は二割、被告の過失割合は八割であると認められ、原告らの後記損害については右過失割合に従って過失相殺をするのが相当である。
二 争点2(原告らの各損害額)について
1 原告建司の症状等
(一) 前記争いのない事実等及び証拠(甲三、一九、二〇の1、2、乙二ないし七、原告建司本人、原告光子本人)によれば次の事実が認められる。
(1) 原告建司は、昭和五一年五月二五日生まれの男子で、本件事故当時は一七歳の日進高校二年生であった。
(2) 原告建司は本件事故当日、救急車で桜井病院に搬送されたが、脊髄損傷の疑いのため名鉄病院へ転送されエックス線撮影などの検査を受けた。そして、平成五年九月一七日から小牧市民病院に入院し、ハローベスト装着等の保存的治療を受けた後、端座位の訓練を行ったが、この間仙骨部に褥創を生じた。
その後、原告建司は同年一一月一一日、原告建司及びその家族の希望により名古屋第二赤十字病院に転院した。そして、原告建司は同病院においてミエログラフィー(脊髄造影)を受けた。その結果、第三、第四頸椎高位で軽度の狭窄があるものの造影剤の通過性は良好であり、手術適応に乏しいとの診断が下され、早期にリハビリテーションを行うことを勧められた。
(3) 原告建司は平成六年二月二日に中部労災病院に転院し、リハビリテーションを中心とする治療が行われたが、症状に特段の変化はなかった。そして、同年九月三〇日には症状固定と診断された。その際の原告建司の症状は第五頸髄筋以下完全知覚麻痺、四肢腱反射亢進、バビンスキ徴候陽性、両肩外筋力半減、両肘屈曲筋力やや減、以外上肢筋力なし、以下両下肢、体幹筋力なしというものであった。なお、脊髄についてミエログラフィー及びMRIによる検査では第三、第四頸椎高位での障害があった。
(4) 現在、原告建司は歩行不能であり、移動には電動車椅子を必要とする。手・指関節は可動せず、車椅子への移乗、入浴、洗顔、着替え等には介護者による介助が必要である。意思疎通には支障がない。歯磨きについては副木を使うことにより、また、食事、ワードプロセッサーの使用等については両上肢にスプリングバランサーを付けることによりこれらを行うことが可能であるが、ワードプロセッサーについては非常に遅い速度でしかタイプすることができない。排尿排便については排尿のための膀胱は設置されたものの、大便については週二、三回の摘便を必要とする。体温、発汗の調整が困難であり、褥創を生ずる危険がある。
原告建司は入院後母親に対する依存心が若干強まった面が見られた。
(5) 原告建司は、本件事故後自動車保険料率算定会のいわゆる事前認定の手続をしたが、その結果自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)との認定を受けた。
以上の事実が認められる。
(二) そして、右認定の症状固定時の原告建司の症状、その後の同人の生活状況等の事実によれば、原告建司の日常生活動作については常時介護を要する状態にあり、原告建司の労働能力は本件交通事故により一〇〇パーセント喪失したものということができる。
2 原告建司の損害
(一) 積極損害
(1) 治療費(請求額 既払金を除き四一万六八七六円)既払金を含み三六三万九六一四円
証拠(甲四の1ないし11、五、乙一八)によれば、原告建司は本件事故による傷害の治療のために三六三万九六一四円の支払(床ずれ防止用マット代八万〇七五二円、右肘装具代八万一四八〇円、頸椎装具代二万四六三〇円及び文書料二万二六六〇円を含む。被告は右文書料の支出について本件事故との間に相当因果関係が認められないと主張するが、弁論の全趣旨によれば右も本件事故に基づく各種給付の請求等に用いられたことが認められ、因果関係を認めることができる。)を要したことが認められる。
被告は前記の内、原告建司が中部労災病院に対し症状固定日前に支払った治療費中四〇八一円の支払について本件事故との間に相当因果関係がないと主張する。しかし、証拠(甲四の1ないし11)及び弁論の全趣旨によれば原告建司は本件事故による傷害の治療のため同病院の理学診療科及び皮膚科において診察を受け、その治療費の一部を自己負担したこと、右支払はその一部であることが認められるから、右支払は本件事故の治療費の一部と認めることができ、被告の前記主張を採用することはできない。
また、被告は、同様に前記の内、原告建司が中部労災病院に対し症状固定日後に支払った治療費三六万五五〇五円の支払についても本件事故との間に相当因果関係がないと主張する。しかし、証拠(乙七)及び弁論の全趣旨によれば原告建司は症状固定日以後も引き続き同病院に入院し、本件事故による重篤な症状の改善のためにリハビリ及び退院準備を行っていたこと、右支払は右リハビリ等のため支払われたことが認められるから、右支払は本件事故の治療費の一部と認めることができ、右被告の主張も採用することができない。
(2) 入院雑費(請求額 六六万六七二九円)五三万二七二九円
前記第二の一3(二)のとおり、原告建司は、本件事故後症状固定日まで、小牧市民病院、名古屋第二赤十字病院及び中部労災病院に合計三八〇日間入院した。そして、その間に要した諸雑費は当初の九〇日につき一日当たり一二〇〇円、その後の二九〇日につき一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、その合計は三九万八〇〇〇円(計算式 90×1,200+290×1,000=398,000)となる。
また、証拠(甲六の1ないし4、七の1ないし4、八の1ないし11、乙七)及び弁論の全趣旨によれば、原告建司は中部労災病院への入退院時及び入院中の自宅での外泊(二回)時に寝台車付タクシーの費用として計五万円、入院中の入浴時に使用するラパック、蓄尿袋等の代金として計三万〇一六五円、おむつ・トレーニングパンツ等の代金として計五万四五六四円を支払ったことが認められる。
したがって、原告建司の入院雑費は三九万八〇〇〇円に右各金額を加えた合計五三万二七二九円と認めるのが相当である。
(3) 入院付添費(請求額 既払金を除き六〇八万円)既払金を含み一五九万五二三二円
前記第二の一3及び第三の二1(一)の事実及び証拠(甲一九、二一、乙四ないし七、原告光子本人)によれば、本件事故により原告建司の受けた傷害は外傷性頸髄損傷という重篤なものであったこと、このため原告建司の母である原告光子らは各病院への入院中原告建司に付き添ったことが認められる。しかし、証拠(乙四ないし七)及び弁論の全趣旨によると、原告建司の入院した各病院はいわゆる完全看護の病院であり、したがってその治療費中にはこのための看護費用を含んでいること、原告光子らの付添いも医師の指示に基づくものではなかったことが認められる。そうすると、右付添いのための費用全額を直ちに本件事故と因果関係ある損害として被告に負担させるのは相当とはいえない。もっとも証拠(乙一八)及び弁論の全趣旨によると右入院期間中の職業付添人による付添いにつき被告の契約する保険会社は介護料として金一五九万五二三二円を支払ったことが認められ、右については、その支払の経緯を考慮して本件事故と因果関係ある入院付添費と認めるのが相当である。
(4) 後遺障害付添介護費(請求額 九七五七万八〇〇〇円)四八一八万四三八〇円
前記1認定の事実のとおり、原告建司は、本件事故により日常生活の全般について介護を要する程度の後遺障害を負っており、将来にわたって近親者による付添介護が必要であることが認められる。
そして、原告建司は前記のとおり昭和五一年五月二五日生まれで、事故後一年を経過した平成六年九月三〇日の症状固定時には一八歳であったこと、また後遺障害付添介護費は症状固定後の平均余命である五九年間にわたり、一日につき五〇〇〇円を要すると認めるのが相当であることから、新ホフマン係数を用いて中間利息を控除し、本件事故当時の現価を求めると四八一八万四三八〇円(計算式 5,000×365×(27.3547-0.9523)=48,184,380円未満切り捨て。以下同じ。)となる。
(5) 家屋改造費等(請求額 三五九四万九八七三円)八一三万八五〇〇円
証拠(甲九、一四、一五の1ないし3、一六ないし一九、原告建司本人、原告光子本人)によれば、原告建司が自宅において車椅子での生活が可能となるようにするため、その隣地を一〇六九万二五〇〇円で購入した上、自宅を二階建てとし、玄関、廊下、子供室、浴室及び便所を増築し、カーポートを設置する等の増改築を行い、家屋改造費として三〇〇〇万円を支出したことが認められる。
この点につき被告は、原告建司の付添介護者がいることを前提として原告建司の生活空間を寝室・トイレ・風呂を中心として車椅子によって移動することを想定し、家族用の玄関とは別に原告建司が自宅に出入りするためのスロープを設置するとともに既存建物の六畳の和室を改造してケアビリシステムを導入した場合の費用は四五六万七五〇〇円で足りる旨、また、右システムを導入することなく既存建物の六畳の和室及び主寝室を改造した場合の費用は六七三万〇五〇〇円で足りる旨を主張し、これに沿う証拠(乙一〇、一一、一六)もある。
たしかに、原告建司が自宅内において日常的に生活を営むことに限定すれば右の設備で医学的に必要とされる範囲であるということもでき、また、原告らの行った家屋改造には二階の増築、カーポートの設置等原告建司の家族のための利便が大きいと認められる部分もある。しかし、証拠(甲二三)によれば原告建司の家族との交流、社会参加のためにも玄関は家族と共有のものにし、各部屋との往来を容易にする改造が望ましいことが認められ、バリアフリーの理念が一般化しつつある現在の社会情勢の下においては、被告主張の工事ではこれらの目的を実現するに足りないというべきである。
もっとも、前記のとおり、被告主張の家屋改造によっても原告建司の医学的に必要とされる範囲の改造は実現されること、原告らの行った家屋改造においては資産価値を有する隣地の購入費用が含まれるほか、原告建司以外の家族の利便に供する部分も大きいこと等を考慮すると、原告らの支出した家屋改造費等のうち被告に負担させるべき金額としてはその五分の一とするのが相当である。したがって、本件事故と相当因果関係を有する家屋改造費等は八一三万八五〇〇円(計算式 (10,692,500+30,000,000)÷5=8,138,500)となる。
(6) 介護器具等費用(請求額 二二六三万六九一〇円)六九二万五九六七円
証拠(甲一一、一二、一三の1、2、一九、二三、原告光子本人、原告建司本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告建司が使用する介護器具等は、症状固定後平均余命に至るまでの五九年の間、リフター(代金三一万九三〇〇円)について一〇年ごとに五回の交換、リクライニング車椅子(代金二〇万〇五〇〇円)について五年ごとに一一回の交換、障害者用改造自動車(特別仕様分の代金九六万九〇〇〇円)について六年ごとに九回の交換を必要とすることが認められるから、それぞれ新ホフマン係数を用いて中間利息を控除し、本件事故当時の現価を求めると、次の計算式のとおり、合計六八六万四一六七円となる。
319,300×(0.9523+0.6451+0.4878+0.3921+0.3278+0.2816)=985,583
200,500×(0.9523+0.7692+0.6451+0.5555+0.4878+0.4347+0.3921+0.3571+0.3278+0.303+0.2816+0.2631)=1,156,744
969,000×(0.9523+0.7407+0.606+0.5128+0.4444+0.3921+0.3508+0.3174+0.2898+0.2666)=4,721,840
985,583+1,156,744+4,721,840=6,864,167
また、証拠(甲一三の3、4)及び弁論の全趣旨によれば、原告建司が使用する障害者用改造自動車は平成七年の購入時には埼玉県から名古屋市までの輸送が必要であり、その輸送費は六万一八〇〇円であったことが認められ、右についても本件事故と因果関係ある介護器具費等と認めるのが相当である。
なお、環境制御装置(証拠(甲一〇、一九)によると、前記の後遺障害を負った原告建司が呼吸器スイッチ、手押しスイッチを操作することにより換気、窓・カーテンの開け閉め、エアコン、A・V操作等をコントロールする機器であってこれに要する費用は一三五万九〇八五円であることが認められる。)については、前記1(一)認定のとおり、原告建司は手・指関節が可動せず、体温、発汗の調節が困難であり、褥創を生ずる危険があることが認められ、これらの症状を考慮すると、その有用性は一応認められる。しかし、前記のとおり相応額の家屋改造費等を負担する被告が更に右内容の環境制御装置の設置費用までも負担すべきとすることは必ずしも相当とは言い難い。
(二) 消極損害
(1) 休業損害(請求額一二五万円)三八万円
証拠(原告建司本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告建司は本件事故前の平成五年九月八日から本件事故当日までの数日間、名古屋市西区内の喫茶店「ドン・キホーテ」において午後五時三〇分から午後一〇時までアルバイトとして勤務し収入を得ていたことが認められる。しかし、前記のとおり本件事故当時原告建司は高校二年生であったことが認められ、右事実によると学業・行事等のためアルバイトは不定期になることが推認される。したがって、その給与は一か月当たり三万円と認めるのが相当である。そして、これによると原告建司は本件事故により、症状固定時までの入院期間(三八〇日間)に三八万円(計算式 30,000÷30×380=380,000)の休業損害を被ったことになる。
(2) 後遺障害逸失利益(請求額 七八〇八万七二五一円)五七九五万八五二三円
前記1(一)の事実及び証拠(乙一の4、原告建司本人)によれば、原告建司は昭和五一年五月二五日生まれで、本件事故当時は一七歳の高校二年生、平成六年九月三〇日の症状固定時は一八歳であったことが認められ、原告建司は本件事故がなければ高校卒業後の平成七年四月ころから就労し、高卒男子労働者の該当年齢層の平均賃金と同額程度の収入を得ることができたものというべきである(なお、原告建司が将来大学を卒業する蓋然性については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。)。したがって、平成七年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・旧中、新高卒・男子労働者の該当年齢層の平均賃金二四四万〇四〇〇円を基礎とし、就労可能年数を四九年、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとして、新ホフマン方式により中間利息を控除して、原告建司の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると、五七九五万八五二三円(2,440,400×(24.7019-0.9523)=57,958,523)となる。
なお、被告は、本件事故により原告建司は稼働不能となり、通常の場合に必要となる稼働能力再生産に要する生活費の支出を免れるから、逸失利益算定に当たり少なくとも二割の生活費控除をすべきである旨主張する。しかし、右事情のみをもって生活費控除をするのは相当とはいえない。
(三) 慰謝料
(1) 傷害慰謝料(請求額 四〇〇万円)二八八万円
原告建司の受傷の部位・程度、症状固定日までの入院期間(約一三か月)と治療経過等に照らせば、傷害慰謝料の額は二八八万円と認めるのが相当である。
(2) 後遺障害慰謝料(請求額 二七〇〇万円)二三〇〇万円
原告建司の後遺障害の内容・程度及び後記のとおりその家族である原告洋公、同光子につき固有の慰謝料を認めることに照らせば、後遺障害慰謝料の額は二三〇〇万円と認めるのが相当である。
2 原告洋公分(請求額 七五〇万円)一〇〇万円
証拠(甲一)によれば、原告洋公は原告建司の父であり、原告建司は三人兄妹のうち唯一の男子であることが認められる。そしてこのような原告建司が前記のとおり本件事故により重篤な傷害を負ったことからすると、これにより原告洋公が受けた精神的苦痛は重大なものであったといえる。したがってその慰謝料の額は一〇〇万円と認めるのが相当である。
3 原告光子分(請求額 七五〇万円)二〇〇万円
証拠(甲一、一九、原告光子本人)によれば、原告光子は原告洋公の妻で原告建司の母であることが認められる。そして、長男である原告建司が本件事故により重篤な傷害を負ったこと及び母として主に原告建司の付添介護に当たったこと等の事情を考慮すると、原告光子が受けた精神的苦痛に対する慰謝料の額は二〇〇万円と認めるのが相当である。
4 以上によれば、原告らの損害賠償請求権の金額は、原告建司について一億五三二三万四九四五円、原告洋公について一〇〇万円、原告光子について二〇〇万円となる。
そして、右原告らの各損害額について前記一の過失割合に従い過失相殺をすると、被告が賠償すべき原告建司の損害額は一億二二五八万七九五六円、原告洋公の損害額は八〇万円、原告光子の損害額は一六〇万円となる。
三 損害の填補
前記第二の一4の事実のとおり、被告は、原告建司に対し、損害の填補として合計三五二二万七三四六円を支払っているから、これを原告建司の損害額から控除すると、被告が原告建司に対し賠償すべき金額は八七三六万〇六一〇円となる。
四 弁護士費用(請求額 原告建司分につき七〇〇万円)原告建司分につき四五〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告建司分について四五〇万円と認めるのが相当である。
第四結論
以上によれば、原告建司の請求は被告に対し金九一八六万〇六一〇円及びこれに対する本件事故の発生日である平成五年九月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告洋公の請求は被告に対し金八〇万円及びこれに対する本件事故の発生日である平成五年九月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告光子の被告に対する請求は被告に対し金一六〇万円及びこれに対する本件事故の発生日である平成五年九月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるので認容し、原告らのその余の請求は理由がないのでこれをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功 榊原信次 中辻雄一朗)
(別紙)
交通事故現場見取図